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みんなを大事にするために


☆コメントに関して☆ 
初めての方はこちらをお読みくださいね。
しあわせルール




「みんなを大事にするために」

現代は
何でもかんでも
平等と言う風潮

平等って
いのちの尊さが
みな同じってことだよ

男性も女性も平等
大人も子どもも平等
健常者も障害者も平等

考え出したら
平等って
怖いよね

どうしたら
いいと思う?

わたしは
区別が
必要だと思うの

男性と女性の区別
大人と子どもの区別
健常者と障害者の区別

区別がなかったら
弱者への
思いやりが
消えてしまう

人間の持つ
やさしさが
発揮できなくなる

区別というのは
「差別」することじゃないよ

ひとりひとりが
お互いに
しあわせに
生きるために
必要だと思うの

2009.04.18

社会で区別があるものの例
○列車・外食産業・ホテル(禁煙・喫煙)
○トイレ(男性・女性・車いす用)
○駐車場(障害者用もできた)
○車両(女性専用車両ができた)

---------------------

区別の区という漢字の中に
「メ」が入っている。
つまり、
人を思いやる「目」を
持っていなくてはいけないと思うの。

2009.04.21 まほ


--------------------------

できることの証明はできる。
やってみせさえすればいいから。

しかし、できないことの証明はできない。
1000回できなくても、証明にはならない。
1001回目で、できる可能性があるからだ。

(ロングテール)




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Secre

ありがとうです

平等、そのものはないですね。

その人その人にあった、愛を分かち合うことでしょうかね。

平等だったら、怖いですよね。

がっこうという教育現場でも、平等を違う風にとらえられている現状、
とっても悲しく思います。

きぼう詩ですか。後ほどお伺いしますね。

ありがとうです。

(★≧∀≦)ノ゛{こんにちゎ☆+。・、*

平等
とても大切な言葉ですね。
でも書かれているように
幻の霧に包まれたものだと。
私も思っています。
そして、平等の意味も怖いものだと。
そして、平等なんて無いのだとも。。

応援☆彡

久しぶりにこちらにコメント。
それは、久しぶりに希望詩を書けたので。
自分の原点の詩を書けたので。
でも、書く事の難しさと怖さを今は
始めた頃の何倍も自覚しながら。。

ありがとうございます

そうおっしゃっていただけると、はりあいがあります。

日本は本当に生活は豊かになりました。
でも、思いやりの心はすごく薄れて、
未来を担う子どもが、「キレやすい」ですよね。

専門家が言っていたのですが、
「なぜ?」と物事を考えないからだと。
世の中、情報があふれていて、聞いたことは正しいと思いこむ、
または人の意見に同調で深く考えない。

まあ、楽しければ、よし。胸くそが悪ければ、無差別に殴ったり、
ブログですと言葉の暴力。
こんなエネルギーを、いい方向に使えばいいのにと思います。

いい世の中にする1歩が、
われわれが心が賢い人間になることだと思うんです。
みなさんはいろんな体験をされてきたと思うんですね。
自分はこんな風に乗り越えてきたとか、工夫なんかを、
お若い人に伝えていきたいなあって。

誰にでもできることがあります。
これは昨日読んだ本に書いてあったのですが、
愛されることを望むより、自分を愛しなさいって。

自分を愛するっていうと、
甘やかすことと勘違いされている人もいますが、
真の自己愛は、自分がよりよく幸せに生きるものですから、
今日という日を精いっぱい生きる努力をしているわけですね。
甘やかしはできるのにやらない自分にしているだけで、
愛とは呼べませんね。

和顔施・わがんせは笑顔によるお布施だそうです。
笑顔にお金はいりませんものね。

こんばんは!

コメント&お見舞いありがとうございました!

まほさんのブログは、問題意識が高く、いろいろ考えさせられます
私も、何かやらなくちゃ!と思わせられます・・・

本当に、差別なんかない社会を、私たちが作っていかなきゃいけませんよねv-410

そうですね

>心の病を抱える者の立場から言えば、私の病気の場合、
>悲しいですが、まだ、社会のほうが、病名を公表することは、
>自分自身にとって、とても不利益をもたらすような、
>まだ、そんな社会であるのが現状です。

>実際、何年来の友達でも、病気を知らせたら、
>去って行った人もいました。
>だから、心の病に限って言えば、
>他の人にお知らせするというのは、
>とてもデリケートで微妙なことなのです。

よくわかるコメントです。
理解は、やはり各個人の思いやりだと思うんですね。
健康だから、わからないわけでもありませんし、
またその逆で病気を持っている人だから
理解あるとも言えません。

そうなってくると、病気の有無に関係なく、
相手を思いやれる人間性を持っているかと
いうことになります。

私とて、自分が大病し、
障害に関心を持つようになったわけです。
人間は自分もしくは周囲の環境に非常に影響されますよね。

日本は平和だから危機感がなく、他人ごと。
でも戦争のある国に生まれた人は、
平等や偏見ということを考えているうひまもなく、
今日生きることに必死なわけですよね。

いい国に生まれ育ったのに、
思いやる心が持てないというのは悲しいですね。

でも将来、きっと善い世の中になります。
すぐにはできませんが、心が賢い、思いやりのある人間が
増えれば、きっと変わります。
いいように変わるんです。
お互い励ましあって、しあわせになりましょう。

病気だから去っていく友人…悲しいですね。
でも、真の友達は、ちなみさんがおしあわせになられること、
祈っていますよ。
かえって友達の程度がわかってよかったですよ。
ちなみさんを無条件に愛している人はいますもん。

わたしは入院中に読んだ本に、
誰にも認めてもらえなかったとしてもいいじゃないか。
自分が味方であれば…そんな文章に出会いました。

そうしたら、気持ちが楽になって、
そうだ、自分が自分を見捨てない人間になろうと。
そう思ったら、周囲の人をとっても大事にできるようになりました。
自分を愛すれば愛すほど、人さまへも、
自然とやさしくできる自分に出会えました。
病気になったからこそ、そう思えるようになれました。

ちなみさん、いい世の中になるように、
ブログ記事書いていきますね。ありがとね。

No title

まほさん、リハビリお疲れ様でした。

私は、まほさんもご存知のように、心に病を抱えています。つまり、障害者でもあります。
心の病を抱える者の立場から言えば、私の病気の場合、
悲しいですが、まだ、社会のほうが、病名を公表することは、自分自身にとって、とても不利益をもたらすような、まだ、そんな社会であるのが現状です。

実際、何年来の友達でも、病気を知らせたら、去って行った人もいました。
だから、心の病に限って言えば、他の人にお知らせするというのは、とてもデリケートで微妙なことなのです。

障害や病気のあるなしにかかわらず、みんながお互いに自分たちの「違い」を認め合えるような社会を切に望みます。
先日のまほさんの詩「失くしてはいけないもの」のように、明るい未来の社会に「希望」を失わずにいたいです。

公平とは

違い…ですね

>私が思う平等とは・・・
>「命の尊さ・幸せになる権利」じゃないのかな~~。

>区別は私も必要と思います。
>というか、区別という言場ではなく「違い」ですよね。
>人間みな、それぞれに顔も違うし・考えも違うし・環境も・・etc
>その違いを、お互いに認め合う事が大事なんですよね。

>認めあえたなら、お互いを支えあって、
>【人】という字そのものになれるのですよね。

素晴らしい、よく教えていただきました。
そうそう、「違い」ですね。
この違いを認め、理解し、助け合ったら、
どんなに素晴らしい世の中になるかとおもいます。

どこか、外国では、障害をもったお子さんが生まれると、
周囲の人は、みんなそのご家族を敬い助けるそうです。

なぜなら、自分は健康に生れついたけれど、
不自由を自分に代わって、受けてくれた。
だから元気なものがその人がしあわせに
生きれるよう助けるのが当然という社会。

わたしはすごく感動しました。

日本は、障害があれば、偏見の目があり、
本当に生きづらくさせています。
特に見た目でわからない病気で苦しんでいる人もいますね。


違いを認め、理解するには、
子を育てる我々大人が、思いやりの心を持つこと。
子どもは大人を見て育ちます。
賢い大人になりたいですね。

「人間が永遠にやさしさを忘れないように、
 神さまはこの世に障害者を贈り続ける」・・・
入院中に読んだ新聞記事が忘れられません。

多くの心が賢い大人が増えれば、いい世の中になります。
30年前に、これだけパソコンが普及するなんて、
考えられませんでしたものね。
30年前、子どもをもったお母さんや既婚女性が働くなんて…
と言われましたが、今じゃ、あったり前。

世の中、いいように変わっていくんですねえ。

平等とは

残念ながら、その作品は知らなかったので、検索しました。

>うろ覚えですが、一人の人間に毛布を与えるとして、
>体の大きな大人でも、小さな子供でも同じサイズの毛布一枚
>与えるのが平等なのか、と言った内容だったと思います。
>平等とは、等しく平と書く。
>その話を読むまで、皆に同等に分け与える事が
>平等だと信じていただけに、ショックを受けました。
>食べ物に置き換えた場合、
>果たして均等に分けるのが平等なのか、
>体の大きさに合わせて分けるのが平等なのか。
>平等は何を基準に言うのでしょう。

分け与える場合を平等と表現するのであれば、
わたしはこう思います。

基準っていりますね。
みんな総称は人間です。
赤ちゃんからお年寄り、健康な人もいれば病気の人も
いるわけです。

食べ物を与えるなら、
4歳児と、いい大人とは食べる量も違います。
また働いている大人と寝たきりの人でも遼は違います。

同じ量だけ、みんなに分けるというのはおかしいわけで、
困っている人がしあわせに生きるために必要なものを与えること
・・・これが、平等と呼べるものだと、まほは思います。

社会のルールが20歳以上を大人とし、
列車の料金は中学生から大人料金、
収入に応じ所得税が違うという法律がらみも、
人を基準にした平等の論理だと思います。

平等という言葉だけとれば、
不公平にならないひとつの要素で、
赤ん坊もお年寄りも男女もみないっしょくたの扱いは、
平等とは呼べないと思います。

毛布を一枚与えるのでも、やはりサイズがあったもの、
またはそれに準ずるものが与えられたらいいですね。

何でも平等って、すごい怖いことだと思います。

優先座席にしろ、障害者トイレや障害者駐車場ができたのも、
みんながしあわせに生きる思いやりからだと思います。

区別というと差別と間違えられそうですね。
のこたんがコメントされた「違い」を知り、認め、
みんながしあわせになれたらいいですね。

そういうことを真剣に考え、行動していくことで、
いい未来ができますね。

わたしもよく考えますね。
ありがとう。

理解しあうために

>うつ病は、甘えだって思ってる人は多いです。
>心の病気に偏見を持ってる人は多いです。
>ちゃんとした障害なんだって認めてほしいです。
>そして、そんな病気の人も仕事がしやすい環境も
>つくってほしいですね。

これは目に見えないものですね。
人間って、自分の身に降りかからないとわからないんですよね。
どうしても関心が薄れます。

たとえば、自分や周囲に心の病をもった人がいたら、
何とか力になれないかといろいろ学びます。

ブログなるものができ、ご自分の病気を公開し、
仲間を集め、共に励ましあい、いいように変わったと思います。

まずは体験者が伝えることで、理解も深まります。
その積み重ねだと思います。

バリアフリーも先人さんのお陰で、世の中に浸透してきました。

理解を得るためには相互理解・協力が必要です。
でも、将来、きっといい世の中になりますよ。

難しいですね。

 私が思う平等とは・・・「命の尊さ・幸せになる権利」じゃないのかな~~。

 区別は私も必要と思います。
 というか、区別という言場ではなく「違い」ですよね。
 人間みな、それぞれに顔も違うし・考えも違うし・環境も・・etc
 その違いを、お互いに認め合う事が大事なんですよね。

 認めあえたなら、お互いを支えあって、【人】という字そのものになれるのですよね。

 

 

コメントありがとう

おはようございます。
やはり、雨の朝になりました。

今日のブログの詩は、
みんながしあわせになるには区別がいるのでは?
という思いです。

こういう区別があったら、いいというのがあれば
教えてくださいね。

思い違いの多くは誤解によるもの。

わたしのように車いすに乗っていれば、
体の不自由は一目でわかります。
しかし、こころの病気や、目や耳が不自由、
しゃべれないというのはわかりませんものね。

お昼から、リハビリです。
マッサージの時、寝て考えてきます。

ご返事は夕方になります。
今日もみなさん、お元気で。


No title

みかささんが仰っているように、区別は必要な事だと思います。
ただ、「平等」の意味が解らなくなって10年以上です。
故漫画家「三浦順」さん(・・・この字だったかな)の「はみ出しっ子」を読んで、本当の平等とはどのような事を言うのか、未だに答えを見つけられません。
うろ覚えですが、一人の人間に毛布を与えるとして、体の大きな大人でも、小さな子供でも同じサイズの毛布一枚与えるのが平等なのか、と言った内容だったと思います。
平等とは、等しく平と書く。
その話を読むまで、皆に同等に分け与える事が平等だと信じていただけに、ショックを受けました。
食べ物に置き換えた場合、果たして均等に分けるのが平等なのか、体の大きさに合わせて分けるのが平等なのか。
平等は何を基準に言うのでしょう。

No title

 平等の中にも、区別が必要なんですね。そう思います。障害者への気配りもだいぶ進んでると思います。あとは、精神の障害を持つものに対しての区別もほしいです。これは難しいと思います。障害がはっきりと目に見えないから。
 うつ病は、甘えだって思ってる人は多いです。心の病気に偏見を持ってる人は多いです。ちゃんとした障害なんだって認めてほしいです。そして、そんな病気の人も仕事がしやすい環境もつくってほしいですね。

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